心遣い・コミュニケーション

規則と法則と気配り

書籍『人間の関係』(五木寛之著 〜ホプラ文庫〜)を読んでいて、
なるほどと感じた点をご紹介します。

「規則、ルールなどとは、少しちがうのが作法です。ルールに違反してはいないが、
 作法としてはおかしい。そこが大事な点ではないでしょうか」
という言葉です。
そして、
「作法というものは、1つの世界だけに通用する特殊なマナーであってはだめです。
お茶も、生活も、武道も、そのほかすべての世界に大事なマナーは、
日常生活の中に生かされてこその作法です」
という文面があります。

確かに、1つの世界だけで通用しても、他の世界で通用しなければ、
その世界の人たちだけのこだわりとなります。
それはそれで良いのですが、自分たちの世界のことをしていない人を見た時、
○○をしていない、というのはおかしなことになります。

この本を読んでいると、以下の4つの言葉が浮かんできます。
どの世界でも通用するというのは、

 1.必要なことを自然に
 2.それも過不足なく
 3.そして美しく
 4.合理的に

ということです。

わざとらしくされる行動は、そこに裏の気持ちが含まれているような気がします。
サービスで言えば、サービス過剰でもなく足らないということでもなく「いい加減」です。
「過不足なく」「いい加減」というのは、なかなかわかりにくいのですが、相手の行動が、
いちいち気持ちに引っかかってこないということでしょうか。
スーと心の中に入ってくる。

また美しいという点ですが、なぜかあの人の立ち居振る舞いはきれいだという方がいます。
合理的とは、その行動に意味があるということです。

もう1つ、
「気づかいはルールではない。マナーでもない。想像力の問題でしょう」
という言葉が、この本に書かれていました。

例えば「ドアは、開けたら閉めましょう」というルールがあったとしましょう。

閉める時、バタンと大きな音をさせて閉めてもルールには違反していません。
ですが、作法でみてみましょう。
必要なことを自然に、過不足なく、美しく、合理的という面からすると、
作法としてはおかしいと感じます。
また、ドアに近づく人を見た時、このドアは開けておいたほうが良いのか、
閉めたら良いのか、という点を考えます。
何も考えていない人は、自分が入ったら閉めてしまいます。
ですが、想像力の働く人は、ドアに近づく人と自分との距離、速度などを考え、
ドアを開けておくかおかないかの判断をします。
なかなかドアまで近づかないのにドアを開けて待たれると、近づく人にとっては大きなお世話で、
あせりの気持ちが出てきます。
相手のためとはいえこの行動は、必要なことを自然に、過不足なく、合理的とは、
少し異なるように思えます。

ドアを開ける閉める、そんな動作の中にも、作法と気配りがあるということを気づかされます。


Topページに戻る