心遣い・コミュニケーション

扉への心遣い

お店に入る時、ドアのところで、いろいろな方とすれ違いながら、出入りする場面があります。
今日は、入ろうとする場面を取り上げてみたいと思います。

ドアを開けてもらう時、開けてあげる時、
この2つの場面を、それぞれの立場から書いてみます。


まず、ドアを開ける場面から。

【タイプ1】
ドアを開けた後、後から人が入って来ようが来まいがおかまい無しというタイプ。
自分が入るためだけにドアを開ける。それ以外は、眼中にない。

【タイプ2】
次の人が入りやすいように、ドアを開けておくタイプ。

【タイプ3】
ドアを開けるまでは「タイプ2」と同じですが、
まだドア近くまで来ないのに、こちらが向かっていることを察知して、
しばらくドアを開けておくタイプ。


では、ドアを開けてもらう側のほうから見てみましょう。

【タイプ1】
ドアを開けてもらえなかったケース。
別に、ドアを開けてもらう必要はないが、すぐ入ろうとしているのに閉められてしまうと、
何となく心に引っ掛かりが出来ませんか。
何もしないのが当たり前なのに、目の前でこういうことが起きると、
ドアを閉めるのをちょっと遅くすれば、互いに気分が良いのに、なんてことを思ったりもします。
入ろうとしている側の自分勝手な思いと言ったらそれまでですが。

「何よ。あの人。次に人が入ろうとしていることぐらいわかりそうなものなのに」
と、けっこう怒ってしまう人がいます。


【タイプ2】
ドアを開けてもらった時、これは素直に、
「ありがとうございます」
という気持ちが出ます。
「タイプ1」のように、全く無視されると心に引っ掛かりが出来ますが、
いざドアを開けたままで待ってもらえると、感謝につながります。


【タイプ3】
次に、しばらくドアを開けてもらった時。
例えば、5メートルぐらい前から開けて待ってもらっていると、
知り合いの場合は、素直に「ありがとうございます」
という気持ちが出てきます。
ですが、知らない人の場合、
「ありがたい」とは思いますが、どこかにありがた迷惑という気持ちもおきたりしませんか。

「開けてあげているのよ」
と暗黙で言われているような、おしつけがましく感じてしまう時がありませんか。

開ける側としては、そんな気持ちはなくても、開けられた側としては、うっとうしく思ってしまう場合があります。


ドアを開けるという行動一つ見ても、
心に響く時と、逆に響かない時がありそうです。


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