経営者・教育担当者編   

ルールと命令

どうも最近、ひっかかっていることについて書いてみたいと思います。
それは、部下を指導する時、ルールを押し付けているのではないかということです。
「○○と決まっているので、それをしなさい」
という指示出している場面を見かけます。

部下は、そのルールを行っていない時、
「○○をしなさいと言われましたが、忘れてしまいました。申し訳ございません」
これを聞いた上司は、
「決まりごとはしっかりとするべきだ」
と「べき論」まで飛び出してきます。

どうもひっかかるのです。

これは部下を育てているということになるのかと。

言われた側は、
「○○をしなさい」と言われたらしますが
「なぜ」そうするのかの理解がないため、
「○○をしました」で終わってしまいます。

「○○をしなさい」
という命令に対して、
「○○をしました」
という報告。

確かに、指示・命令に対して「やった」「やらない」の報告はできていますが、
「なぜそうするのか」という目的がどこかに飛んでいってしまうのです。

指導者側としては、「ルールだから」という印籠を見せれば、
部下は、それに対して反論できません。
反論しても「ルールだから」で終わっていってしまうからです。

また、この上司のそのまた上の上司が、
「○○できていますか」
という質問をすると、
「はい、○○をしなさいと言っているのですが、なかなかやってくれません」
「ルールは、きちんと守らせなくては」
という話になります。

「ルール」がだんだん1人歩きしていき、
「ルール」という言葉での指導となっていきます。

指示待ちが多いと言いながらも、指示待ちを育てているように思えます。

ルールの中でも、
例えば「トレイに行ったら手を洗う」ということはルールで良いでしょう。
それは清潔ということからです。

ですが「毎日50件の新しい会社をまわりなさい」
という指示はどうでしょう。

「50件まわるのは大変です」
「いや、みんなにやってもらうルールだ」
となると「なぜまわるのか」という部分がど〜んと飛んでしまいます。

そうすると「まわりました」と、実際には回っていなくても嘘をつく人がでてきます。
また嘘をつかせないように、どこを回ったかという報告書を書かせるというルールが生じてきます。
またまた嘘の報告書を書くという人が出てきます。

そうなると、まわったことの証を上司が求めてきます。

「行った会社の人に、行ったことの証としてサインをもらってきてください」
などと。

貴社に営業をしてくる人の中にこんな人はいませんか。
「すみません。来たということでサインだけいただけますか」


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